2015年4月7日火曜日

スタジオ難民

今の先生が、なんかおかしな方向に流れているので、どうも行きたくない。


だって、たまにいくとみんなブロックもって太陽礼拝したり、脚に挟んでジャンプバックしてたりするんだもん。練習してると、止めまくられるし、体を触るアジャストは一切なしだし。


それを否定するわけじゃないけど、でもそれってアシュタンガヨガではないでしょう?


昔、マイソール練習を始めたばかりのころ、アシュタンガと並行して他のヨガのレッスンも言っていた。そしたら、バリー先生に「アシュタンガヨガのシステムを信じなさいよ」と言われたことがある。
ついこないだ彼のWS受けたけど、その頃から彼はほとんどぶれていない。アシュタンガヨガに対する確かな信頼と確信がある。


しかしながら、今の先生はぶれまくりで、そういった核がないように思う。一生懸命なのは分かるんだけど、ちょっと違うよね。




でも自宅から近くで行けそうなところはそんなにない。
あー、何も考えずにバリーのとこ通ってたころが懐かしい。
とりあえず今週末からのDavid先生のクラスにはいっとこうかなー。

2015年3月17日火曜日

宅練の日々

2月下旬から有給消化に入り、宅練の日々が続いている。
宅練はできない、、、と思っていたけど、いやいやどうして、なかなかの集中力でできている。
周りを気にすることもなく、限られた時間の中での宅練。
○○筋が、、、とかむずかしいことを言われることもなく、淡々とできることを限られた時間の中でする宅練。
今の私に必要なのは、こういう練習なのかもしれないなと思う。


ポーズができるようになるとか、サードもある程度進んでくるとわりとこだわりがなくなってきた。
バンダをフルに使った無重力感あふれるスーパーアシュタンギにはなれないことは分かってる。
私なんぞ、結局腕力使った力任せの練習にすぎないんだから。
アシュタンガの練習始めて9年くらいたつけど、バンダなんか未だに良く分かんない。


ただ、でも、やっぱり「呼吸」って大事なんだなーって思う。


バンダとか、○○筋とか考えず、ただ、吸ってup,吐いてdownみたいな感覚。
結局のところ、これに尽きるんじゃないかと思う。
多分吸うことによって動く筋肉があって、吐いて動く筋肉もある。
あとは目線が付いてくれば、たいていのことはできるんじゃないかと思う。
それがどれだけ時間がかかるかっていうだけで。


解剖学的な○○筋フリークは、ショートカットにはいいかもしれないけど、アシュタンガやっててショートカットすることにどれだけの意味があるんだろうと思う。
ショートカットしたって、その先にはさらに険しい道のりがあるわけで。
そもそもアシュタンガって、呼吸と動きの連動性の中にエネルギーを生み出すものなんだから、これができるようにとかあれができるようにとか、本筋から全く外れちゃってるように思う。
できなくたって、気持ち良く呼吸ができていればいいじゃん。だって別にカポタでかかと掴んだって、それで何か人生が大きく変わるわけじゃない。カランダで上がれたって、それで生活の何が変わる?


私にとってアシュタンガヨガの練習は、スタイル維持とストレスコントロールが大きな目的となっている。でもそんな私も練習始めてもうすぐ10年。10年練習したら教えたいなーって思ってるんだけど、TT受けに行ってる時間がないよね(;´Д`)


これもまた、いつかそうなるなら導きがあるんでしょう。その時まで粛々と宅練の日々は続くのでしょう。

2015年3月1日日曜日

今日はバリー先生と

バリー先生のクラスを受けるのは、しょうまが生まれる前が最後だったから2年ぶり。
去年NYに帰国したバリー先生が来日しているので、今日は代々木公園までWSを受けに行って来た。


やっぱり私はバリー先生でマイソールを始めたから、バリー先生はいいなあと思う。安心感。


バリーはあまり解剖学的なことを言わず、基本的には呼吸とドリシュティのみの指導。アジャストはしてくれるので、ポーズの完成形に近づくのは助けてくれる感じ。あんまり頑張らないのが基本で、カポタは基本2回まで(1回は自分で、2回目はアジャストで)


今の先生は好きだけど、ちょっとアシュタンガというよりはあまりにも解剖学にフォーカスしすぎて、むしろアイアンガーとかに近くなってきている気がするので、久しぶりに基本に戻った気がした。


その後のレクチャーでは、プラーナヤーマについて説明してくれたんだけど、結局はアシュタンガヨガはプラーナ(気)のコントロールなんだな、と。そのツールが呼吸というわけで、アシュタンガヨガが呼吸にフォーカスするのはここに理由があるんだろう。


ちなみにアシュタンガヨガの最中の呼吸のやり方として、グルジは「音を立てて呼吸するように」と指導してたそう。指導者としては、その音がどこから来るのか観察しているんだって。音を立てることで、「いま、ここにいる自分」に集中できるから、それが目的なんだそうだ。


こういった指導は、筋肉の動きとかそういう解剖学とは全然違う次元の、もっと基本的なことを思い出させてくれた。おりしも宅練始めたこの時期にバリーに再開して、こういう話を聞けたのは何かの暗示なんじゃないかとも思う。子どもたちをパパに預けて出ていくのは気が進まなかったけれど、やっぱり行って良かったWSでした。安曇野も行きたいなー。

2015年2月24日火曜日

手放すこととヨガ

先週新しいポーズが来ました。ガルバーサナ。画像がうまく貼り付けられないので省略しますが、これまたハードなポーズで、、、。一体どこへ向かってるんでしょうね、ワタシ。


3月末で仕事は退職することになり、先週から夢の有給消化期間が始まった。
月曜日、IYC九段下のミカ先生の陰ヨガに行って来たんだけど、そこでこれまたいい話を聞けたのでここでシェア。中医学を勉強しているミカ先生、この日は、五臓と感情のコントロールについてレクチャーしてくれた。


五臓にはそれぞれつかさどる感情があって、全部は覚えていないのだけど、五臓の一つ、「肝」についての話が印象的だった。「肝」のつかさどる感情は「怒り」。だから肝臓の具合が悪くなると、怒りっぽくなったりするんだそう。それをコントロールするには「手放すこと」。手放すことによって、怒りがなくなったり、コントロールできるようになる、というような話だった。


確かに、会社を辞めることにしてからは、子どもに対して怒ることが少なくなった。イライラしても、前ほど怒りにまかせて怒鳴るとかいうことはなくなって、コントロールできるようになってきた。そんな時だったから、余計そのお話が腑に落ちた。


ちょうど前日、ダンナが反抗期の四歳長女に対してあまりにもガミガミ言うようになってきたので、しばらく朝練も控えて子どもの世話に注力してダンナの育児の負担を減らすようにするから、その分余裕を持って長女をかわいがってもらいたいと言う話し合いをした。会社を辞めるから、自宅で練習すればいい話で、何も無理やりスタジオに行く必要もないわけで。


ある意味、「スタジオ練」という執着を手放す決心もしたところだった。


ミカ先生いわく、「手放しても必要なものは必ずまた帰ってくる」とのことだから、きっとまたいつか通うこともあるだろうけど、しばらくは家族最優先にして、宅練ジャーに徹することにします。ポーズも進みが速かったので、ここで一旦止めて、一つ一つのポーズに向き合いたいと思う。


そんな気持ちで今日自宅でセカンドシリーズを練習してたら、今までイライラしてばかりで感情任せに怒ったり怒鳴ったりしていた長女に申し訳なくて、ポロポロ泣けてきた。いまさら浄化もないだろうけど、ここで気付けて良かった。しばらく家庭を立て直すことを最優先に、ヨガとの付き合い方を変えていきたいと思う。

2015年1月14日水曜日

備忘録

火曜日、ウルドゥバクックターサナBがやっとできるようになりました。
Cはいきなりできました。
開脚ハンドスタンド、先生が後ろに立っててくれれば実は上がっていくことも判明。
恐怖心の問題でした。

とりあえず練習備忘録。

それにしても忙しい。早く仕事辞めたいわー。

2014年12月25日木曜日

ケガしちゃいました

ウルドゥバクックターサナBを練習していたら、バランス崩して手の上に落下。左手の小指がひどく腫れて痛い…。
これは、年内の練習は無理かなー(~_~;)

2014年12月9日火曜日

人生におけるヨガ

ちょっと色々岐路に立っている感満載のここ数カ月。
朝練の後の先生とのちょっとした会話で、あーそうなんだなあと思ったこと。
ヨガの練習って、実はコントロールなんだなってこと。
肉体の、呼吸の、心の、感情のコントロール。

今は感情の大きな波にもまれて、今にも決断しちゃいそうだけど、
大きな決断する時は必ず何かが起こる。
それを冷静に、感情をコントロールしながら見極めて判断すること。
そういうことができるようになるために、毎日毎日練習してるんだなあと。

すでに物事は動き始めている。
周りの環境が、あり方が大きく変わろうとしている。

「何か手放せば、何かは入ってくるよ」
その言葉を信じて、ヨガを実践していきたいと思います。
実際そうなんだろうけど。