2015年5月7日木曜日

ヨガがしたいです、、、!

アシュタンガヨガのマイソールクラスに行っているのに
アジャストが最後のバックベンド以外全くなかったり
やっぱり練習止められて、ブロックの上に寝かされて筋肉のこと説明されたり


そんなんやっぱり気分がよろしくないので、本格的に師事する先生を変えようと思っている。




アシュタンガヨガが伝統的とはいえ、かなり自己流で教えている先生が多い昨今。
私だって、別に本場マイソールに行ったことがあるわけじゃないからわかんないけど、多分バリーのやり方が自分のとってのマイソールなんだと思う。言葉による指導でなくて、アジャストを通して伝える指導こそが、アシュタンガヨガだと思っている。


解剖学やそのほか体に関する知識を取り入れた「今風のヨガ」が軽薄に感じてしまうのは、私自身嫌いだった原理主義者に近い考え方なんだろう。


ただ、でも。


解剖学とか西洋医学の知識を引っ張り出してヨガのアーサナと組み合わせて○○ヨガとか××ヨガとか、それって、「ヨガ」でなくてもよくありませんか?って思うの。
ただのエクササイズでいいんじゃないの。
それだと客がつかないから、ヨガという言葉を「利用」してるんじゃないの?って思っちゃう意地悪なワタシ。
ヨガと名乗るんなら、本来のヨーガに対する敬意の気持ちを忘れたらダメなんじゃないか。
とは言ったって、自分だって別にアシュタンガヨガで解脱したいとか思ってるわけじゃないし、そこまで厳密にヨガの教えにしたがっているわけじゃない。でも、本来のヨガでないものを、したり顔でヨガと名乗っている人たちがあまり好きじゃないのは、自分にとって大いなる矛盾でしかない。


だったら受けなきゃいいだけなんだ。だから私は、できるだけ伝統的な形に近い練習がしたいです、、、!(スラダン風










2015年4月29日水曜日

今度はGovinda先生と

池袋のNirvanaに来ていたGovinda Kai先生のマイソールクラスを受けてきた。
ほんとはもっと行きたかったのだけど、先週先々週と子どもたちが体調を崩していたため、ラスト2日間だけの参戦。
でも、行って良かったーーー。


普段のところで、どれだけ頑張ってもつま先が頭に着かないスコーピオンも、なぜか一発で頭に着いたし、今日はつま先どころか足裏半分くらいがぺたっとついた。
チクタクもできないのに、アジャストのうまさというか力強さであっさりできたし、
何よりバックベンドで足首ダイレクトにつかめたのにはびっくりした。(かなりハードだっだけど)


人数が少なくてアジャストも手厚くて、なんかもー幸せな練習。
David先生といい、Govinda先生といい、あ、もちろんBarry先生もだけど、こんな素敵な先生たちのクラスを受けられてほんと幸せです。


どの先生にも共通なんだけど、やっぱりアシュタンガヨガへの信頼と愛がある。


アシュタンガヨガはある意味極端なヨガで、敬遠する人も多いと思う。解剖学的に正しいアラインメントより、呼吸と目線とバンダだけにフォーカスする。だから怪我をする人も多いはず。


でも、その先にある先生との信頼感や、そこから得られるもの、理屈じゃなく、プラクティスから得られるものって言うのは、やっぱりアシュタンガの自律的な練習の中でしか得られないものなんじゃないかと思うわけで。だから、理屈抜きに素晴らしい先生たちに出会うと、アシュタンガやってて良かったなーって思う。べらべら多くを語らないところも好き。多分手当て的な、アジャストを通じて伝えようとしてるんだろう。


そう考えると今のスタジオにはますます行けなくなっちゃうな。代々木や渋谷に通うのは時間的に不可能だし、どうしたもんか。。。


今仕事の形態が変わって、極論すれば世界中どこでも仕事ができてある程度の収入も見込めるようになってきたから、東京から離れたいなーなんて思ってたけど、やっぱり東京だとこういう素晴らしい先生たちのクラスを受けられる機会があるから、離れがたいなーなんて思ってみたりした、Govinda先生との出会いでした。

2015年4月17日金曜日

David Roche 先生

今週初め、certified ashtanga yoga teacher のデイビッド先生がアシュタンガ代々木@表参道に来ていた。
週末のWSはどうしても行けなかったのだけど、3日間の平日マイソールは皆勤賞。


いやー、すごく楽しかった!


なんかもう、本物のアシュタンガヨガの先生って感じで。私は本当にアシュタンガヨガが好きなんだなあって実感しました。人がいっぱいで、ほかの練習生のいいエネルギーをもらったってのも大きかったんだろうけど、やっぱりデイビッド先生の放つエネルギーが大きかったと思う。


なんていうかな、できるとかできないとか、やっぱりあまり重要でなくて。その場の作り出すエネルギーを感じること、作り手の一部になることがアシュタンガなんじゃないかと思った。


そうそう、生まれて初めて、バックベンドでがっつり足首も掴めました!


マントラの後、「enjoy practice」と必ず言うけど、ええ、ほんとに楽しませていただきました。アシュタンガヨガやってて良かった!○○筋とか、骨の番号とかマジどうでもいいよ。怪我もひっくるめて自分で責任取るから、ちゃんとしたアシュタンガヨガの先生のところで練習したいよー涙

2015年4月7日火曜日

スタジオ難民

今の先生が、なんかおかしな方向に流れているので、どうも行きたくない。


だって、たまにいくとみんなブロックもって太陽礼拝したり、脚に挟んでジャンプバックしてたりするんだもん。練習してると、止めまくられるし、体を触るアジャストは一切なしだし。


それを否定するわけじゃないけど、でもそれってアシュタンガヨガではないでしょう?


昔、マイソール練習を始めたばかりのころ、アシュタンガと並行して他のヨガのレッスンも言っていた。そしたら、バリー先生に「アシュタンガヨガのシステムを信じなさいよ」と言われたことがある。
ついこないだ彼のWS受けたけど、その頃から彼はほとんどぶれていない。アシュタンガヨガに対する確かな信頼と確信がある。


しかしながら、今の先生はぶれまくりで、そういった核がないように思う。一生懸命なのは分かるんだけど、ちょっと違うよね。




でも自宅から近くで行けそうなところはそんなにない。
あー、何も考えずにバリーのとこ通ってたころが懐かしい。
とりあえず今週末からのDavid先生のクラスにはいっとこうかなー。

2015年3月17日火曜日

宅練の日々

2月下旬から有給消化に入り、宅練の日々が続いている。
宅練はできない、、、と思っていたけど、いやいやどうして、なかなかの集中力でできている。
周りを気にすることもなく、限られた時間の中での宅練。
○○筋が、、、とかむずかしいことを言われることもなく、淡々とできることを限られた時間の中でする宅練。
今の私に必要なのは、こういう練習なのかもしれないなと思う。


ポーズができるようになるとか、サードもある程度進んでくるとわりとこだわりがなくなってきた。
バンダをフルに使った無重力感あふれるスーパーアシュタンギにはなれないことは分かってる。
私なんぞ、結局腕力使った力任せの練習にすぎないんだから。
アシュタンガの練習始めて9年くらいたつけど、バンダなんか未だに良く分かんない。


ただ、でも、やっぱり「呼吸」って大事なんだなーって思う。


バンダとか、○○筋とか考えず、ただ、吸ってup,吐いてdownみたいな感覚。
結局のところ、これに尽きるんじゃないかと思う。
多分吸うことによって動く筋肉があって、吐いて動く筋肉もある。
あとは目線が付いてくれば、たいていのことはできるんじゃないかと思う。
それがどれだけ時間がかかるかっていうだけで。


解剖学的な○○筋フリークは、ショートカットにはいいかもしれないけど、アシュタンガやっててショートカットすることにどれだけの意味があるんだろうと思う。
ショートカットしたって、その先にはさらに険しい道のりがあるわけで。
そもそもアシュタンガって、呼吸と動きの連動性の中にエネルギーを生み出すものなんだから、これができるようにとかあれができるようにとか、本筋から全く外れちゃってるように思う。
できなくたって、気持ち良く呼吸ができていればいいじゃん。だって別にカポタでかかと掴んだって、それで何か人生が大きく変わるわけじゃない。カランダで上がれたって、それで生活の何が変わる?


私にとってアシュタンガヨガの練習は、スタイル維持とストレスコントロールが大きな目的となっている。でもそんな私も練習始めてもうすぐ10年。10年練習したら教えたいなーって思ってるんだけど、TT受けに行ってる時間がないよね(;´Д`)


これもまた、いつかそうなるなら導きがあるんでしょう。その時まで粛々と宅練の日々は続くのでしょう。

2015年3月1日日曜日

今日はバリー先生と

バリー先生のクラスを受けるのは、しょうまが生まれる前が最後だったから2年ぶり。
去年NYに帰国したバリー先生が来日しているので、今日は代々木公園までWSを受けに行って来た。


やっぱり私はバリー先生でマイソールを始めたから、バリー先生はいいなあと思う。安心感。


バリーはあまり解剖学的なことを言わず、基本的には呼吸とドリシュティのみの指導。アジャストはしてくれるので、ポーズの完成形に近づくのは助けてくれる感じ。あんまり頑張らないのが基本で、カポタは基本2回まで(1回は自分で、2回目はアジャストで)


今の先生は好きだけど、ちょっとアシュタンガというよりはあまりにも解剖学にフォーカスしすぎて、むしろアイアンガーとかに近くなってきている気がするので、久しぶりに基本に戻った気がした。


その後のレクチャーでは、プラーナヤーマについて説明してくれたんだけど、結局はアシュタンガヨガはプラーナ(気)のコントロールなんだな、と。そのツールが呼吸というわけで、アシュタンガヨガが呼吸にフォーカスするのはここに理由があるんだろう。


ちなみにアシュタンガヨガの最中の呼吸のやり方として、グルジは「音を立てて呼吸するように」と指導してたそう。指導者としては、その音がどこから来るのか観察しているんだって。音を立てることで、「いま、ここにいる自分」に集中できるから、それが目的なんだそうだ。


こういった指導は、筋肉の動きとかそういう解剖学とは全然違う次元の、もっと基本的なことを思い出させてくれた。おりしも宅練始めたこの時期にバリーに再開して、こういう話を聞けたのは何かの暗示なんじゃないかとも思う。子どもたちをパパに預けて出ていくのは気が進まなかったけれど、やっぱり行って良かったWSでした。安曇野も行きたいなー。

2015年2月24日火曜日

手放すこととヨガ

先週新しいポーズが来ました。ガルバーサナ。画像がうまく貼り付けられないので省略しますが、これまたハードなポーズで、、、。一体どこへ向かってるんでしょうね、ワタシ。


3月末で仕事は退職することになり、先週から夢の有給消化期間が始まった。
月曜日、IYC九段下のミカ先生の陰ヨガに行って来たんだけど、そこでこれまたいい話を聞けたのでここでシェア。中医学を勉強しているミカ先生、この日は、五臓と感情のコントロールについてレクチャーしてくれた。


五臓にはそれぞれつかさどる感情があって、全部は覚えていないのだけど、五臓の一つ、「肝」についての話が印象的だった。「肝」のつかさどる感情は「怒り」。だから肝臓の具合が悪くなると、怒りっぽくなったりするんだそう。それをコントロールするには「手放すこと」。手放すことによって、怒りがなくなったり、コントロールできるようになる、というような話だった。


確かに、会社を辞めることにしてからは、子どもに対して怒ることが少なくなった。イライラしても、前ほど怒りにまかせて怒鳴るとかいうことはなくなって、コントロールできるようになってきた。そんな時だったから、余計そのお話が腑に落ちた。


ちょうど前日、ダンナが反抗期の四歳長女に対してあまりにもガミガミ言うようになってきたので、しばらく朝練も控えて子どもの世話に注力してダンナの育児の負担を減らすようにするから、その分余裕を持って長女をかわいがってもらいたいと言う話し合いをした。会社を辞めるから、自宅で練習すればいい話で、何も無理やりスタジオに行く必要もないわけで。


ある意味、「スタジオ練」という執着を手放す決心もしたところだった。


ミカ先生いわく、「手放しても必要なものは必ずまた帰ってくる」とのことだから、きっとまたいつか通うこともあるだろうけど、しばらくは家族最優先にして、宅練ジャーに徹することにします。ポーズも進みが速かったので、ここで一旦止めて、一つ一つのポーズに向き合いたいと思う。


そんな気持ちで今日自宅でセカンドシリーズを練習してたら、今までイライラしてばかりで感情任せに怒ったり怒鳴ったりしていた長女に申し訳なくて、ポロポロ泣けてきた。いまさら浄化もないだろうけど、ここで気付けて良かった。しばらく家庭を立て直すことを最優先に、ヨガとの付き合い方を変えていきたいと思う。